【鎧・餘部編】中国・四国 ローカル線駅巡り in 2015 Part4

中国・四国 ローカル線駅巡り

先日は北海道の駅をいくつか巡りましたが、今回の旅行は主に中国地方(おまけで四国)の駅をいつくか途中下車をしながら巡りました。
北海道とは違う味わいの駅が多くありますので、気になる駅がありましたら駅の廃止や駅舎の建て替えになる前に訪れてみてほしいです。この旅も非常に「ローカル感」を味わえると思いますので、ゆるくご覧ください!!

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Part4 米子→鎧⇒餘部→城崎温泉→木次

四日目 旅程

米子
↓山陰本線 普通列車
鳥取
↓山陰本線 普通列車
浜坂
↓山陰本線 普通列車

⇓ 徒歩
餘部
↓山陰本線 普通列車
城崎温泉

↓山陰本線 普通列車

江津
↓木次線 普通列車
木次  ホテル泊

本日も米子駅からスタート。
米子からひたすら東へと山陰本線に乗ってきました。ここは浜坂駅です。

ここからもう少し東に向かったところにある駅を巡っていこうと思います!

↑浜坂駅からは豊岡行きにのって目的地へと向かいます。

浜坂から3駅行ったところで今回は途中下車します。ここが本日最初の目的地です。

↑山陰本線などではよくある交換設備が撤去された駅です。

ここは「鎧」駅です。何とも珍しい駅名です。(福島県には「兜」駅もあります。)

↑シンプルな感じ一文字の駅名標。いかついですね。

鎧駅の向かい側の”元”ホームへと通じる地下道には「絶景への地下道(ちかみち)」と書いてあります。(かなりおもしろいダジャレ)

↑本来であればもう必要ない地下道、残してくれているのでしょうか?

その”ちかみち”を通って海側を眺めたのがこちら。
日本海のイメージの荒々しい感じとは違い、水は非常に澄んでいて、若干のエメラルドグリーンの様相を呈しています。
作者の体感としては”最も”日本海がきれいに見える駅”なのではないでしょうか!!

↑入り江で波がほぼないもあり、まるで沖縄みたいな色の海ですね!

下にある鎧港へは過去にインクラインが通っており、その跡も確認することができます。
(今回は時間の都合上行っていませんが、、、)

参考→#9 はじめてなのに懐かしい 鎧漁港とインクライン跡│〈特濃日帰り〉ひとり土木探訪記。 | web太陽 ― webtaiyo ―

作者が降り立って間もなく、反対方向の列車が来ました。乗客のうち数人は窓を開けて海を撮影していました。反対側のホームが現役であればもっときれいだったのに、、、

↑鳥取方面の列車は反対側のホームが残っていても現在の写真左側のホーム発着ですが、豊岡方面は景色が良くなります。

さて、次の目的地は隣の駅ですが、先ほど列車を見送ってしまいました。
というわけで歩いて向かいます!!

↑鎧駅はコンクリート造りの豆腐みたいな駅、こじんまりとしています。

鎧駅を後にして、隣駅へと出発します。
目的地へ向けた鉄道沿いの道はないため、兵庫県道4号を経由して西方向へ向かいます。

↑港まで下りたかったことろですが、時間もないので次の目的地へと速足で向かいます。

鎧駅からは序盤はしばらく坂を登ります。振り返ると一面緑でこれはこれで絶景です。

↑海方向を見ているのですが、地形が入り組んでいるためもう海は見えませんでした。

県道4号に合流後、しばらく歩くと、わかりやすい大きな人工物が見えてきます。
あれの麓が今回の目的地です。

↑坂などもありますが、順調ならだいたい1時間程度でたどり着けると思います。

構造物に近づいてきました。これは山陰本線の「余部橋梁」です。丁度列車が通っていますが、見てわかる通りかなり大きな橋です。

↑遥か頭上を通る大きな橋です。橋の下には「道の駅あまるべ」があります。

余部橋梁は高さ41.5m、長さは約300mのコンクリート橋梁です。
車などと比較しても大きい規模であることがわかります。この橋梁は2010年から使用されているものですが、それ以前はここには別の橋が架かっていました。

↑「余部橋りょう」と書いた赤い橋げたは以前の橋の廃材を再利用したものです。

その元々の橋が一部だけ保存されています。それがこの赤い鉄骨で造られた鉄橋です。
これが余部鉄橋であり、1912年に開通した鋼製トレッスル橋です。

「トレッスル」とは「架台」という意味で、トレッスル橋は鉄骨組の多数の橋脚の上に橋げたを乗せる形式のものです。

↑かつては寝台特急出雲は福知山線経由だったためこの鉄橋を渡っていました。

この保存された鉄橋の上まで行ってみましょう。余部橋梁の鳥取よりの付け根には「餘部駅」が設置されているので、そこを目指して階段を登ります。

↑駅への道は当時は階段のみ、割としっかり登らないといけません。

高さ約40mを駆け上がり、駅に到着しました。駅の標記は「餘部」であり、姫新線の「余部」(よべ)駅との混同を避けるためとみられます。
この駅は1959年に設置された比較的新しい駅で、この駅ができる前はこの付近の方たちは列車の合間に鉄橋を歩いて渡り、トンネルを越えて鎧駅まで歩いて行っていたとか!鉄橋の上は作者は恐ろしくて歩けないです。

餘部駅のホームの後ろにも線路がありますが、現在こちらは使われていません。

↑ホームにもベンチ?用に旧鉄橋の廃材が置かれています。

このホームの後ろの線路こそがもともとの余部鉄橋に続いていた線路であり、現在は「余部鉄橋 空の駅」として整備されています。

↑もともとの線路も一緒に保存されており、線路の上を歩くことができます。

保存されている鉄橋の上はきれいに整備されており、途中までは歩くことができます。
この頃は駅や鉄橋上部に向かうには駅への階段を登る必要がありましたが、平成29年からは「余部クリスタルタワー」と呼ばれるエレベーターが設置されたため、負担軽減とガラス張りのエレベーターからの眺望が望めます。夜間にはライトアップもされます。
参考→空の駅 – 道の駅あまるべ

↑2026年現在は6時から23時までエレベーターが利用できるようです。バリアフリーでもありますね。

余部鉄橋では1986年に列車が転落するという事故が発生しています。日本海からの風速約33m/s以上の突風にあおられたことが原因であり、当時から風速25m/s以上が運転を見合わせる基準でありましたが、以降は風速20m/sとなりました。そのため、この区間は風が強いと運休することが多かったようです。
かけ替え後の余部橋梁では防風壁が整備されるなどで見合わせ基準が風速30m/sまで引き上げられ、見合わせの頻度も減ったといいます。

↑線路は途中で途切れています。当時は左右にある網の柵しかなかったため、風に弱かったのでしょう。

こちらが現在の余部橋梁。もともとの線路よりも少し内陸側につくられ、反対側のトンネルへ向かうために直前でカーブしています。

↑この橋の建設には可能な限り影響を小さくするため、S字の橋げたを移動・旋回させるという他にない工法を採用していました。

参考→暮らしを築く・社会を守る 100年後の土木遺産を目指す『余部橋梁』 | 事業トピックス | 清水建設

豊岡行きの列車に乗り込んで、餘部駅を後にしつつ余部橋梁を渡ります。
防風壁がありますが、透明なのでふもとから遠くまで見通すことができます。

↑今回は山側を望みます。きれいですね~。反対側も海を見渡すことができます。

そうして山陰本線を東へ進み、城崎温泉駅で下車しました。
ここへ来るのはもう何回目でしょうか?いつものごとくここでお風呂に入っていきます。

↑城崎温泉では381系特急「こうのとり」がいました。この旅行の年に置き換えられたため見れたのはこれで最後でした。

そしていつものごとく来ました、「鴻の湯」です!!
城崎温泉は歩き回っているといつも一番奥にあるここまで来てしまいます。唯一城崎温泉で皆勤賞の外湯ですw。
いつもは急ぎ入浴ですが、今日は比較的ゆっくり体を休めます。

↑川沿いに歩いて各外湯周辺を練り歩いていると最終的にここにたどり着いています。

時刻は午後3時過ぎ、本日の行程はあとは本日の宿となるホテルへと移動するのみです。
本日のホテルは島根県の木次、今兵庫県にいますが、、、。通ってきた道をひたすら普通列車で西へ引き返していきます。

↑川と柳の木と鉄道、いつ来ても城崎温泉は絵になります。

米子で特急やくもを見送ります。この頃はパノラマ型の車両がまだ走っていました。
一度乗ってみたかったです泣。

↑関東住みかつグリーン車に乗るのはハードルが高く、結局乗れませんでした。子供のころの後悔は尽きません、、、

宍道駅で木次線に乗り換えて木次駅まで行き、そこから徒歩でホテルへ向かいます。
ホテルまでは約2㎞、夜中で真っ暗の中、結構遠かったですが、久々にベッドで寝ることができました!!

明日はキングオブローカル線の一つ、木次線の駅を巡っていきます。木次線はそもそも本数が少ないため、途中下車のハードルが高いです。
ぜひ参考にしてみてください(まねできるとは言っていませんが、、、)。次回へつづく。

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