【四国後編】関東発日本列島横断の旅 in 2016 Part4

鉄道旅行

今回の旅行は関東を出発してひたすら西、九州方面へと向かいました。その道中で紀伊半島・中国山地・四国・九州など、様々なスポットを巡りました。定番のスポットから穴場(マイナー)スポットまでいろいろな場所を訪れています。2016年当時の貧乏旅ですが、下調べの上でぜひ訪れてみてください。

Part4 高知→土佐北川・新改→阿波池田→徳島→阿南

五日目 旅程

高知
↓土讃線 普通列車
土佐北川
↓土讃線 普通列車
新改
↓土讃線 普通列車
阿波池田
↓特急 剣山
徳島
↓牟岐線 普通列車
阿南  ホテル泊

本日は高知駅からスタート。

一昨日に高松に上陸して以来、上陸していないのはあとは徳島県のみになりました。
今日はまず普通列車でそっち方面に向かっていこうと思います。

↑高知駅は富山駅や広島駅のように路面電車が駅まで乗り入れています。

乗り込んだのは土讃線の琴平方面の列車。
列車が途中の土佐山田駅までは比較的住宅もある平地を走行しますが、そこから先は四国山地越え区間となり、険しい山の合間を進みます。

今回も道中で途中下車します。列車は駅に近づくと減速し、鉄橋を渡りながらそのうえで停車しました。この駅は何と鉄橋の上にあります!!

↑橋の上のホームは時折見られますが、トラスの中にホームがある光景は他にはありません。

この駅は土佐北川駅。開業当時はもう少し手前(高知側)の地点に駅がありましたが、防災の観点から現在の地点に移動しました。

↑土佐北川駅は交換可能駅、普通列車のみ停車します。

トラス橋の内側という光景はなかなか見られないシチュエーションです。

↑琴平方面は川を渡ってすぐにトンネルに入ります。

ホームの端にある階段を下ると小さな待合室があり、コンクリートにへばりつくような形に通路があります。作者にしてはかなりのスリルがありました。

↑待合室はコンパクトなつくり。この構造はかなり異質です。
↑土佐北川駅は川の両側(画面奥と手前)に出入口があります。
↑南側の出口方面。駅舎はなく、大きな鉄の構造物のみです。

南側の駅出口の近くには穴内川を渡る橋があります。そこから駅を見ると鉄橋にしか見えない、、、
そこに駅があるとは思えませんね。

↑鉄橋の名前は第三穴内川橋梁、遠くから見ると立派な橋梁です。

川のそばまで近づき、大きめの石に座って買っておいた昼ごはんを食べます。
こういうシチュエーションは雰囲気があってよりおいしく感じます。

↑穴内川は吉野川水系の二級河川。もう少し下流に進むと吉野川に合流します。

反対側の出口にも行ってみます。一度駅に入ってホームに向かうのとは別の階段を登ると

↑土佐北川駅は特急は通過するので、この通路から間近で迫力のある通過を見ることができます。

周辺の雰囲気から周りには何もないのかと思いきや、北側の出口の近く国道32号線沿いには「駅前食堂」という飲食店が営業しています。どうやら50年以上まえから営業しているらしく、様々な種類のおかずや麺類、おでんなども味わえるようです。今回は立ち寄れませんでしたが、気になる方はぜひ訪れてみてください!
駅前食堂 – WOW!OTOYO|大豊町観光ガイド

↑駅周辺での唯一といっていい民家であり商業施設。駅を利用してくる人は一体どれほどいるのだろうか、、、

さて、一通り探検したので次の目的地に向かいます。普通列車で先ほど来た高知方面へと戻ります。

↑見た目だけではなく、鉄橋から響く音も普通の駅とは違います。いい経験ができました!

高知方面へと進みつつ、再び途中の駅で途中下車します。
この駅は新改(しんがい)駅。駅に到着するとき、停車後すぐにドアは開かず、運転手さんが移動して逆方向に列車を走らせて駅に到着しました。このブログでも何度か出てきたスイッチバック、この方式がまだ現役の駅です。

↑駅に到着後、さっき来た方向へと再び引き返していきました。

スイッチバック駅ということで、本線から伸びた側線に駅があるため、駅の先は行き止まり。
ここだけ切り取ると廃線された鉄道のように見えるため、このようなサムネの動画を多く見かけます。

↑ホーム終端部からの本線と反対側の景色。途切れた鉄路の先にあるのは一面の緑のみでした。

新改駅は割と立派な駅舎です。ただし周りには民家はなく、小屋のようなものが見えるのみです。
ここほど完全に山に囲まれているという状況の駅もなかなかありません。昔は駅前に商店があり、そこで切符などの販売も行っていたようですが、1980年代に商店閉店で完全な無人駅となったようです。

↑駅の出口の目の前にドンッと看板が設置されています。

駅前はザ・秘境駅といった人の気配のない山中といった感じ。
駅出口の真ん前には「ほっと平山 1.3km」との看板があります。「ほっと平山」は廃校となった小学校を利用した宿泊施設で、学校に泊まるという体験ができる場所のようです。少しそっち方面に行ってみましょう。

↑駅前の道はこの先で行き止まり、写真奥側以外に脱出経路はありません。

駅前の道は県道253号の新改停車場線、起点が新改駅前からになっています。この道をひたすら進んで脱出を試みます。

↑左右はうっそうと茂る木々、頭上も木々に囲まれる場所もあるため森林浴にもぴったりです。

道の途中には何らかの敷地や謎のキャンピングカーなどがありますが、作者の訪問時は基本的に人の気配は皆無でした。

↑基本的にはほぼ一本道です。あとで地図をみて分岐があったことを知りました。

しばらく進むと交差点が見えてきました。ここは県道254号と合流する地点、目の前には新改川のダム湖が広がります。

↑秘境から歩いてきて人工物が見えると少し安心します。まあ、このあと引き返すのですが、、、

先ほど看板のあった「ほっと平山」は写真奥の少し高い位置の建物。もしも公共交通機関で来る場合は新改駅から1.3km徒歩か、土佐山田から最寄りの「平山」バス停へ向かうバスで向かうのがいいでしょう。一度大人数で泊まってみたいなあ、と思います。一緒に泊まる人がいればの話ですが、、、
ほっと平山 – 高知県香美市土佐山田町の地域交流施設

↑この橋を渡ったところには「平山」バス停があります。駅から歩くよりかなり便利な位置にあります。

新改駅に戻ってきましたが、戻ってきた途端に土砂降りの雨に降られました。作者はギリギリ駅舎に回避できましたが、あっという間に大雨です。

↑雨の秘境駅というのもなかなか乙なものです。濡れなければという条件付きですが。

その土砂降りの中、迎えの列車がやってきてくれました。この列車で高知県を抜けていきます。

↑この駅は側線にあるため、列車を待っているときは本当にこっちに来てくれるのか不安になります。

列車は山間の区間をひた走り、途中から吉野川の横を並走しながら、主要駅の阿波池田駅に到着しました。天気はいつの間にか晴天に、一山超えた感じがします。

↑阿波池田駅は徳島県三次市の中心地であり、特急列車も停車します。

阿波池田駅ではこの駅から発着している徳島線の特急列車「剣山」号にのりかえます。
徳島線はここ阿波池田駅の隣駅の佃駅から徳島駅の隣駅の佐古駅を結ぶローカル線で、吉野川に沿って進みます。

↑主要駅だけあり非常に規模の大きい駅。特急列車から結構な人が下りてくるため活気はありました。

特急剣山は基本的に吉野川が見える進行方向左側の席に乗車。
吉野川は古くから「四国三郎」とよばれ、「坂東太郎」こと利根川、「筑紫二郎」こと筑後川とともに日本三大暴れ川に数えられるほどの氾濫多発地帯でした。大きな堤防ができたのは昭和初期であったため、この川は恵みと同時に洪水被害ももたらしていました。

↑車内は阿波池田時点ではほぼ貸し切り状態、心地いい反面、もっと利用してほしいと思ってしまいます。

列車は徳島線を東へとひたすら進みます。途中の車窓などはありません、、、

そうして終着の徳島駅に到着。これで四国四県の県庁所在地は制覇です。
この徳島駅、ものすごい人が利用していました。とんでもない都会に来てしまったなあと思っていましたが、理由は駅を出たときに判明します。

↑徳島駅は駅ビルを備える非常に大きな駅。ただし架線のような類のものはありません。

横をみると特急列車の先頭の「ヘッドマーク」の付け替えを行っていました。
電光表示や回し幕などではなく、昔ながらのプレートを交換する方式のようです。こういう特急ももうほとんど残ってないのではないでしょうかね。

駅の外に出てきました。すると提灯が立ち並びつつ、人がぞろぞろと集まってきています。
この時初めて目についたポスターをみると、今日はなんとあの「阿波おどり」の最終日!
確かに阿波踊りの時のあの服を着た人もちらほらいました。

そんなお祭り騒ぎを横目に駅近くのラーメン屋で徳島ラーメンと食べた後、少しだけ祭り中心部に行ってみようと思いました。

ところがこの人だかり!ちょっと作者には致死量の人を見てしまうため、今回はこんなところにして勇気ある撤退をしました。

↑徳島駅から眉山方面へ向かう道路はこの人だかり、拙者人ごみは苦手につき、先を急ぐこととします。

駅前に戻りました。徳島の駅前はデパートやビルが立ち並んでおり、とても電車が走っていない県とは思えない様相。(これはこんな都会に電車が走っていないなんて!という驚嘆の意味です。)

↑今日はこれからが阿波おどりの本番、作者は一足早く退散します。またリベンジさせてください。

この日は徳島駅がゴールではなく、もう少しだけ進みます。
本日最後の移動は徳島駅から海部駅を結ぶ路線の牟岐線(むぎせん)にのっていきます。

牟岐線を走るのはこの特急「むろと」号でした。
でした、というのは、このむろと号は2025年3月をもって廃止されてしまっています。そのため牟岐線には現在特急が走っていません。60年以上の歴史があったこの列車ですが、やはりJR四国の厳しい状況からして廃止となったようです。

↑今はなき牟岐線の特急、かなしいですがやはり列車は乗れるタイミングで乗るべきですね。

むろと号で夜の牟岐線を走行します。車窓は何も見えませんでしたが、田畑や住宅の中を走行していきます。そうして本日の宿のある阿南駅に到着。
本日は久しぶりのホテル泊。この機を逃さずしっかり休みます。

↑阿南に到着。牟岐線沿線はなかなか来る機会がないため、もう少し沿線について調べてからまた行きたいです。

次回はより牟岐線の末端区間へと足を踏み入れつつ、その後本州に復帰してさらなる奥地へと進んでいきます。次回へつづく。お楽しみに!!

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