【紀伊半島編】関東発日本列島横断の旅 in 2016 Part2

鉄道旅行

今回の旅行は関東を出発してひたすら西、九州方面へと向かいました。その道中で紀伊半島・中国山地・四国・九州など、様々なスポットを巡りました。定番のスポットから穴場(マイナー)スポットまでいろいろな場所を訪れています。2016年当時の貧乏旅ですが、下調べの上でぜひ訪れてみてください。

なお、2~4日目までのデジカメのデータがなくなっていたため、途中まではスマートフォンの写真を中心に掲載します。

Part2 松阪→名松線→きのくに線→紀伊田辺→御坊→四国

二・三日目 旅程

松阪
↓名松線 普通列車 
伊勢奥津
↓名松線 普通列車
松阪
↓紀勢本線 特急南紀
新宮
↓紀勢本線 普通列車
串本
↓紀勢本線 普通列車
見老津
↓紀勢本線 普通列車
紀伊田辺  ネットカフェ泊
↓紀勢本線 普通列車
御坊
↓御坊鉄道 普通列車
西御坊
↓御坊鉄道 普通列車
御坊
↓紀勢本線 普通列車
和歌山
↓武豊線 普通列車
大阪
↓福知山線
谷川
↓加古川線
加古川
↓山陽本線・本四備讃線・予讃線
高松 ネットカフェ泊

本日は松阪駅からスタート!

松阪駅からは南下する前に松阪から西方面へ延びる盲腸線である名松線に乗ってみます。

名松線は松阪から伊勢奥津(いせおきつ)駅を結ぶ全長43.5kmのローカル線です。名松線の「松」は松阪を指していますが、「名」はどこを指しているでしょうか?
この名は名古屋、、、ではなく、名張を指しており、もともとはその2都市を結ぶ計画でしたが、開業したのは伊勢奥津までとなっています。

↑家城駅行きの名松線の列車。紀伊半島の付け根の奥地へと向かいます。

名松線は雲出川のに沿ってより上流へ向かっていきます。
この名松線は非常にのどかな地域を走るため利用者数は少なく、かつて廃線の危機に瀕したこともあります。また、2009年の台風18号により土砂崩れや路盤流出のため途中の家城~伊勢奥津間で長期間運休となっていましたが、2016年に復旧し運転を再開しました。

例のごとく、ごく少数の人間を乗せて列車は走っていきます。

↑車窓はどんどん山深くなっていきます。

名松線の家城~伊勢奥津間はスタフ閉塞という方式の閉塞方法を使用しています。
閉塞とは列車の衝突を防ぐために一定区間の線路に複数の列車を入れないようにすることで、このスタフ閉塞はスタフと呼ばれる通票を持っていなければ先に進めないという方式です。家城駅から先には列車のすれ違える設備がないため、その先に進めるのはスタフを持っている列車のみです。

家城駅に到着すると列車はスタフを受け取ってその先の区間へ進みます。
ゆったりと進んでいき、終着の伊勢奥津に着きました。

↑山奥の小さな終着駅という印象。ノスタルジーを感じます。

伊勢奥津駅は1面のみの無人駅です。駅舎は比較的新しく、復旧したばかりの時に訪問したため「おかえりなさい」と書いてある暖簾がかかっていました。

↑駅舎は木目調で、横には地域の集会所と観光案内施設があります。復旧を祝うのれんがかけられていました。

この奥津は「伊勢本街道」の宿場町。伊勢本街道は大阪から伊勢を結ぶ街道です。
この奥津宿は「のれん街」という別名があるようで、民家でものれんを掛けている家があるようです。このときは特に見てませんでした、、、

街道沿いに出ると一際目立つ木造建築「ぬしや」があります。このぬしやは明治から昭和にかけて生活必需品を販売するよろず屋として営業していた建物で、現在は当時のレトロな雰囲気を楽しめる博物館のような施設になっているようです。
参考→伊勢本街道奥津宿 ぬしや

↑カーブに沿った歴史ある建物の「ぬしや」、他にも歴史のあるのれんがかかっている建物が立ち並んでいます。

その近くにあるのは「宮城橋」。雲出川にかかる古い橋で非常に雰囲気があります。
この橋を渡った先は須郷の郷とよばれる旅籠の名残のある立派な門構えの屋敷や職人街として栄えた名残のある歴史的な建造物が残っています。軽く通ったのですが写真が残っていませんでした、、、

↑昔もこのような橋を渡って宿場に向かっていたのでしょうか、、、

戻る列車の時間もあるため駅へと向かいます。
駅の横には国鉄時代に使用されていた給水塔が残っています。給水塔とは蒸気機関車に水を供給するために1935年につくられました。現存している給水塔の中でも鉄製のタンクを持つ登録有形文化財の給水塔は全国で鳥取県若桜駅とこの伊勢奥津駅のみです。

名松線は利用者が多いとは言えない路線ですが、非常にのどかな景色が楽しめるため、皆様に乗ってみてほしいです。

↑鉄製の給水塔、そのまま放置したら錆で穴が開いてしまうような、、、どうやって保存するのでしょうか??

さて、折り返しの列車で松阪に戻った後は特急列車に課金してワープします。
その前には昼食(赤福)を買って優雅に移動です。駅弁代わりに車内で食べる赤福は最高です!
特急南紀の車窓の中では新鹿駅付近の景色が一番好きです。

↑中部に来たらやはり赤福、ちょっと甘いですが駅弁の代わりにもなります。

そうして終着の新宮駅に到着。紀勢本線の主要駅です。
今回は寄れませんが、この付近では熊野本宮大社、熊野速玉大社などの歴史のある神社があります。また、ここ新宮から奈良の奥地十津川村を経由して奈良県の大和八木駅までを結ぶ日本で最も長い距離を結ぶ路線バスが発着しています。一度乗ってみたいですね!

↑新宮駅、駅に着く前にゆっくり鉄橋で熊野川を渡るのはちょっとした見どころです。

ここからは普通列車で少しずつ移動します。
この当時は新宮以西の紀勢本線では103系が走っていました。これに乗ってこの列車の終着串本へ向かいます。

↑新しい車両は静かで快適?ですが、古い車両も旅情があって素晴らしいですよね。

串本駅に到着しました。この串本駅は本州で最南端に位置する駅になります。
この旅以外でも何度かお世話になっています。

↑串本駅は本州最南端、観光地としては良いところなのですが、なんせアクセス性が若干悪いのが玉に瑕です。

駅からは本州最南端の岬である潮岬へのバスも発着しています。
このブログの投稿順で言えば、夜中に串本駅に到着して徒歩で潮岬に向かったため、今度は普通に昼の潮岬を訪れたいです。(前に一度訪問していますがその時のことも後ほど投稿します。)

↑本州最南端の駅の碑、本州四端の中で一番立派かもしれません。

串本からは一路和歌山方面に向けて普通列車で北上していきます。 
この日は紀伊田辺にあるネットカフェに一泊する予定なので、まだ時間に余裕があります。
なので、なんとなく選んだ駅に降りてみよう!とのことで、今回はここ見老津駅で下車しました!
駅はホーム上に小さな屋根のあるこじんまりとした駅です。

↑片側は緑に囲まれた崖、もう片側は道路を挟んだ海の素晴らしいロケーションを独り占めです。

見老津駅の真横は国道42号のはさんで太平洋が広がっています。駅舎も雰囲気があり、夕暮れ時のロケーションも相まって非常に素晴らしかったです。

↑国道の交通量が結構ありますが、非常に心安らぐロケーションでした!

駅の近くでコンビニで買った夕食を食べます。出先で食べるご飯っていいですよね??

↑波の音が聞こえるぐらいには海が近いです。

しばらく時間をつぶして、見老津駅を後にします。引き続き普通列車に乗って、本日の宿がある紀伊田辺駅に到着し、この日の行程を終えました。

↑紀伊田辺は紀勢本線の主要駅、和歌山県でネットカフェのある貴重な場所です。

三日目は移動が多かったため、二日目と一緒に紹介します。

紀伊田辺を朝に出発してまず最初に向かったのは御坊駅。
この御坊駅からはローカル私鉄の御坊鉄道に乗り換えることができます。御坊鉄道は御坊駅から西御坊駅間の距離2.7kmを結ぶ「日本一短い鉄道路線」です。この御坊鉄道沿線を少し散策しました、とはいっても写真が全然残っていませんでした(泣)。

紀州鉄道の列車に乗り込み御坊駅を出発します。非常に短い路線ですが途中駅は3つあり、学門、紀伊御坊、市役所前を経て終着の西御坊に到着します。

↑西御坊駅、ホームに停まっている列車の近くまで駅舎が建っています。非常に特徴的な駅です。

現在はこの西御坊駅が終着駅ですが、1989年までこの先に日高川駅という駅がありました。駅のホームの端に柵が設置されており、列車が結構ギリギリで停止しています。駅舎の古さも相まってローカル感ありますねえ。

↑列車が非常に近くに止まっているため近くで見ると迫力があります。列車って意外と背が高いんですよね。

先ほどの柵の先にも線路が伸びています。そこまでの遠い距離ではないので廃線跡をたどってみようと思います。ところどころで線路が残っており、残っていない場所も草むらになっているため、廃線跡が非常にわかりやすく残っています。

↑廃線時からほとんど変わっていないと思われます。スバラシイ、、、

廃線跡は保存してあるわけではなさそうですが、道路以外のところは撤去していないところも多く、場所によっては踏切の警報機も残っていました。

↑廃線独特の細長い空き地。奥に見える踏切跡に趣を感じます。

そして到着しました。日高川駅跡地です。写真左側が当時のホーム、右側もホームのようですが当時から民家が建っていたようです。駅舎があった写真左端は現在は駐車場となっており、遺構などは特に残っていませんでした。また線路の先には県道が通っており、その奥はすぐに日高川が流れています。

↑日高川駅跡。当時の写真と比べても割とそのままの形で残っていました。

西御坊駅に戻ります。西御坊の駅舎の中は天井が低く、小さくこじんまりとしています。

この紀州鉄道、実は本社は東京都中央区にあり、鉄道事業は比較的小規模であり、不動産・ホテル・旅行事業などを中心に経営している会社です。紀州鉄道は2022年に中国系の企業に買収され、鉄道事業は廃止する方向で話が進んでいたようですが、別会社への譲渡を協議しているようです。
観光資源になり得そうな鉄道であるだけに、末永く存続してほしいですね、、、

御坊駅に戻ってからは、ひたすら北上します。和歌山から阪和線の紀州路快速に乗り込み大阪の中心部に向かいます。途中の鳳駅から寄り道、東羽衣支線(羽衣線)に乗ってみます。
当時は103系が2駅間をピストンしていました。東羽衣駅は南海の羽衣駅の近くにあり、意外と利用する人が多かったような気がします。写真もあまり残っていませんが、ちょっと鶴見線感があるような気がします。

↑マイナーすぎてぎゃうに目立っている?羽衣線、地元に根付いたローカルな支線でした。

さて、先へ進んで大阪駅に戻ってきました。
ここで発表ですが、今日の最終目的地は何と香川県の高松駅です!!今から四国へと向かいます。
ただ普通に東海道本線・山陽本線で向かうのはつまらないので乗ったことのない路線を使って向かいます。写真を見る人が見ればわかるかもしれませんが、大阪からは福知山線に乗り込みます。

↑大阪駅の駅名標、両隣の駅名部分の色でどの路線のホームかがわかります。

福知山線に乗って降り立ったのは谷川駅。ここからは加古川線に乗って山陽本線の加古川を目指します。ここ丹波市では丹波竜という恐竜をはじめとする化石が多く発見されている地域であるため、駅前には恐竜のモニュメントがあります。

↑目がマジっぽくて迫力があります。

加古川線は途中の西脇市で系統が分かれており、西脇市までは1両編成のローカル線、西脇市からは103系が2026年現在も活躍しています。別の機会でも乗っているのでその時に詳しく紹介します。

あとはひたすらに岡山を目指し、岡山からは快速マリンライナーで高松へ向かいました。マリンライナーは非常に夜遅くまで出ているのでネットカフェ代節約に役に立ちます、、、が、この日は高松では花火大会などがあったようで、ネットカフェには行列。結局受付の椅子で順番待ちをしているうちに時間になってしまいました。旅行中で楽しいので完徹程度は苦ではありませんね!!!

次回は特急をふんだんに使って四国を巡ります。次回へとつづく。お楽しみに!!

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