【山口県・関西編】JR西日本ローカル線乗車の旅 in 2014 Part4(終)

JR西日本ローカル線乗車の旅

この旅行の主な目的としては、来たる2015年の北陸新幹線の金沢までの延伸に伴って見ることができなくなる光景を見に行くこと、乗ったことのない路線に乗ってみる(ある場所もリベンジ)ことの2つです。

今回からミンティー(初代)が時折写真の中に登場します!どこにいるか探してみてください。

Part3に引き続き、旅行の行程を発信します。この旅行はこのPart4で完結となります!

Part4 浜田→益田→津和野→山口→新山口→岩国→関西

四日目 旅程

浜田
↓山陰本線 普通列車
益田
↓山口線 普通列車
津和野
↓山口線 普通列車
山口
↓山口線 普通列車
新山口
↓山陽本線 普通列車
徳山
↓山陽本線 普通列車
岩国
↓山陽本線 普通列車
広島
↓山陽本線 普通列車
糸崎
↓山陽本線 普通列車
岡山
↓山陽本線 普通列車
姫路

五日目 旅程

姫路
↓山陰本線
神戸
↓東海道本線
三ノ宮
↓東海道本線
大阪
↓大和路線など
奈良
↓大和路線など
天王寺
↓阪和線
和歌山
↓阪和線など
大阪
↓新幹線など
帰宅

本日は浜田駅からスタート。
今回はさらに西へ向かい、山口県にある観光地を巡ります。

↑早朝の浜田駅、よく利用するネットカフェがあるため山陰を旅行するときの玄関口になっています。

益田駅に到着。益田は山陰本線の主要駅で山口線と接続しています。
特急スーパーおきはこの駅から山陰本線を外れ、山口線の津和野・新山口方面へと向かいます。

益田駅で山口線に乗り換え、次に向かったのは津和野駅。
津和野は山陰の小京都とも呼ばれ、江戸時代からの美しい街並みが残っています。

津和野の街は重要伝統的建造物群保存地区にも選定されており、その中でも象徴的なのはこの「殿町通り」です。この通りには江戸時代からの建物が多く残っています。全体的に「和」の雰囲気ですが、通りの途中には一際目立つ「津和野カトリック教会」があり、独特な雰囲気をつくっています。

↑殿町通りはタイル敷きになっており、白壁の土塀や掘割も相まって昔の雰囲気があります。
↑殿町通りの横の掘割には巨大な鯉も泳いでいます。
↑忽然と現れる洋風の教会。隣の瓦屋根の建造物と不思議と調和しています。

しかし、今回作者は津和野のことを何も調べずに立ち寄ったため、街並みをみる以外の目的がありませんでした、、、。これはこれで新鮮な気持ちで観光できましたが、津和野にはほかにも、日本五大稲荷のひとつの「太鼓谷稲成神社」や「津和野温泉」、この地出身の文豪「森鴎外」の記念館など見どころがまだ多いため、次回の旅行では下調べの上で巡ります。

2014年のこの時は大雨災害により山口線の津和野~地福間が運休となっていたため、津和野からは代行バスで地福駅へ向かいます。

地福駅に到着。本来途中下車などは想定していませんでしたので、このような機会も貴重です。
この駅舎も石州瓦に昔ながらの佇まいでいいですね!
ここからは列車に乗り換えて進みます。

↑ホームで1両の列車が待ってくれていました。

途中駅の山口駅で下車。山口県の県庁所在地も制覇です!
噂に聞いていた佇まい、素晴らしい!駅前から伸びる通りも落ち着いた雰囲気です。
ここにも、あの「フランシスコ・ザビエル」ゆかりの聖堂や隣駅の「湯田温泉」など魅力ある観光地もあります。

↑駅の正面には山口市の伝統工芸品の大内人形が2体並んでいます。

そして、山口線の終着新山口駅に到着。山陽新幹線も通る山口県の中でも屈指の主要駅です。
この駅からは山口線を走行する観光列車「SLやまぐち」号が発着しています。
時間的にホームにいるはず、、、とおもって見てみると、先頭についている車両はSLではありません! 聞くところによるとSLが検査や故障などで走行できない場合は代わりにディーゼル機関車(DL)牽引で運転されることがあるようです。これはこれでラッキー!です。

↑時期によってはSLよりレアなDL山口号、作者はまだSLやまぐち号を見たことがありません、、、。

新山口駅からは一路東へ向かいます。山陽線に乗り込み、山口県の東端の岩国に来ました。
岩国の観光地といえば真っ先に思い浮かぶのはやはり「錦帯橋」でしょう、ということで岩国駅からバスに乗って来てみました!

錦帯橋は「日本三名橋」の一つの五連アーチ橋で、全長は約200mと木造の橋としてはかなりの長さです。実際に来てみると思っていたよりも規模が大きく迫力があります。橋の端にある料金所で料金を支払い渡ってみます。

実際にわたってみるとわかりますが、アーチの部分の高低差が思ったよりもあり、雨の日は滑りやすく結構ヒヤヒヤしました。

錦帯橋は当時の岩国藩の中心部(城や諸役所等)と川の対岸の街を結ぶためにかけられた橋です。モデルとなったのは中国杭州の西湖にあるアーチ橋から着想を得たといわれています。
要約すれば「アーチ橋1つでは橋の長さは足りんが、途中に島をつくって石垣の橋脚にしてつなげれば届くやろ」ということです。

岩国からはひたすら東へ進みます。この日は山口県から広島県、岡山県を横切り、兵庫県の姫路駅にて宿のネットカフェに入りました。

翌日、大雨が降っていましたが早朝より行動を開始して、初めに来たのが「明石」です。
明石といえば「日本標準時」です。時差は地球を24等分したときに、本初子午線上の時間を基準として決定されました。本初子午線から9時間分に相当する東経135度線が明石市をはじめとした地方に通るため、日本の標準時は標準時+9時間が採用されています。

↑人丸駅前には明石市立天文科学館があります。

東経135度線の直上には山陽電車の「人丸前駅」があり、ホームに東経135度が通っていることがわかる線が引いてあります。

↑この部分には屋根がないため、雨の日は濡れます、、、

明石の後に立ち寄ったのは神戸駅。兵庫県の主要駅と言えば2つ先の三ノ宮駅ですが、神戸駅は昔の優等列車などが発着していた伝統のある駅です。現在も東海道本線の終点はここ神戸駅であり、福岡県の門司までつづく山陽本線の起点でもあります。
これで兵庫県もクリアです。

↑朝ということもありますが、繁華街としてにぎわっているのは三ノ宮駅です。

さらに東へと進み、到着しました!関西の中心大阪です。この後は関西の県庁所在地(の駅)を巡り、少し大阪を観光してました。
さすが大阪駅は規模が段違いで、どの出口から出るか悩みました。

↑大阪駅、同一駅として「梅田駅」「大阪梅田駅」「西梅田駅」「東梅田駅」「北新地駅」があります、、、

大阪駅からは大和路快速に乗って奈良県へ侵入、奈良駅で下車しました。
奈良は今回駅名標を撮影したのみで観光はできませんでした、、、また今度奈良に絞った特集をしようかと思います(未定)。

↑奈良駅、隣は郡山、反対の隣は「平城山」とかいて「ならやま」というのが印象的でした。

奈良から戻ったのちに一番”大阪らしい場所”のイメージにある「道頓堀」に向かいました。
天王寺駅から歩いて向かいましたが、その道中は大阪らしさ満載です。


天王寺駅の横には「あべのハルカス」が聳え立っています。デカい!!!
このビルは高さ300m、当時日本でもっとも高いビルでした。作者にとっては長いこと日本一のビルは横浜にある「ランドマークタワー」(296m)だっただけに、抜かされたと知ったときは関係ないのに「ぐっ」となってしまいました。

その道中、かの有名なキャラクター達(?)やシンボルの通天閣を見ることができました。

↑新世界の一際目立つ高層タワー通天閣、生で見ると結構大きいです(失礼)。
↑大阪の繁華街といえば作者にとってはグリコに次いでこのふぐやカニのイメージが強いです。

そして来ました。有名なグリコサインです。
ものすごい人の量!この場所には長居できませんね、、、

↑グリコサインとミンティーの2ショット、後述しますがこの後、、、

奈良からは大阪方面に戻り、紀州路快速で向かったのは和歌山駅です。和歌山は快晴、これで和歌山も制覇です!とはいっても、和歌山駅は和歌山県の中でも北に位置しているため、この旅で私が立ち入った和歌山はごくごく一部でしかありません。私は後々行った旅行で和歌山の広さを知ることになります。

↑和歌山駅の駅舎、意外と大阪から近い場所にあります。

この和歌山駅から大阪方面に向かっているときに、私にとって衝撃的なことが起こりました。

どこを探しても「ミンティー」がいない!!!

落としたのかどこかに忘れたのか、4時間ほど行った場所を探したのですが、結局見つけることができませんでした、、、
私はこのショックによりこの旅行を途中で切り上げて、新幹線で急ぎ帰宅することになります。

現在の時間軸にもどりますが、この文章を入力するのも「初代ミンティー」を思い出してしまい、結構しんどかったです(泣)。このような経緯もあり、現在は代わって「2代目ミンティー」と一緒に旅をしています。

この旅行は現在からして10年以上前のことですが、今でも「初代ミンティー」がどこかで元気でいることを祈っています。今でも作者は”ミンティーたち”と旅をしています!!!

なんか湿っぽくなってしまいましたが、この旅はここで終了です。
次は少しテイストを変えて、かつて走行していた寝台特急の乗車録をお伝えします。
今回も拙い文章ですが読んでいただきありがとうございました。
次回もお楽しみに!!!

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