今回の旅行は関東を出発してひたすら西、九州方面へと向かいました。その道中で紀伊半島・中国山地・四国・九州など、様々なスポットを巡りました。定番のスポットから穴場(マイナー)スポットまでいろいろな場所を訪れています。2016年当時の貧乏旅ですが、下調べの上でぜひ訪れてみてください。
なお、2~4日目までのデジカメのデータがなくなっていたため、途中まではスマートフォンの写真を中心に掲載します。
Part1 新宿→飯田線の秘境→武豊線→名古屋→松阪
新宿
↓特急スーパーあずさ
岡谷
↓飯田線 普通列車
木ノ下 ネットカフェ泊
↓飯田線 普通列車
小和田
↓飯田線 普通列車
向市場
⇓ 徒歩
城西
↓飯田線 普通列車
中井侍
↓飯田線 普通列車
豊橋
↓東海道本線 普通列車
大府
↓武豊線 普通列車
亀崎
↓武豊線 普通列車
武豊
⇓ 徒歩
上ゲ
↓名鉄線
名古屋
↓関西本線 普通列車
↓
松阪 ネットカフェ泊
今回は新宿駅からスタート。
時刻は夕方、東京都心での用事を済ませた後に新宿からに西方面へ目指します。
まず新宿から特急「スーパーあずさ」に乗って一路山梨県へと向かいます。使用車両のE351系の特徴として制御付き振り子装置が採用されており、カーブの際に車両自体を傾けながら走行します。その傾いた状態で車両限界(幅・高さなどの断面の大きさの限界範囲)を超えないように車両が卵型のような形状になっています。
作者にとって中央線特急といえばこの車両でした。非常に懐かしいです。

岡谷駅で下車し、飯田線方面の普通列車に乗り換えます。
既に夜中ということで車窓も何も見えませんが、この日は0日目ということで飯田線沿いにあるネットカフェで宿泊しました。

翌朝、再び木ノ下駅まで向かい、飯田線に乗り込みます。
飯田線といえば、言わずと知れた「秘境駅の宝庫」です。今回の旅でも有名な秘境駅をいくつか巡っていこうと思います。(有名な秘境駅って少し矛盾を感じます。)
豊橋行きの列車に乗り込み、途中の天竜峡駅で長時間停車します。
ここ天竜峡から中部天竜の間にある駅が秘境度合いの高い駅が連続してます。なお、列車の本数も少ない区間ではあるため、訪れる際には計画をしっかり立てましょう。
ただし、飯田線のこの区間では「飯田線秘境駅号」という臨時列車が時折運行されており、秘境度合いの高い屈指の秘境駅に降り立つことができます。興味があればぜひ調べてみてください。
飯田線は秘境駅を観光資源として活用できており、作者的には北海道とかでも同じような取り組みができればなあとは思ったりします。

今日最初の目的地に到着しました。
この駅は「小和田駅」。ホームに降り立ち、列車が去った後周囲を見回すと一面の緑!
この駅は某秘境駅ランキングで3位にもなっているトップクラスの秘境となっており、駅へのアクセスは基本的に列車(と一応徒歩)だけのようなとんでもない立地にあります。
駅名票の横には「恋成就駅」との記載があります。これは1993年の皇太子と小和田(おわだ)雅子さんとの結婚の際に、当駅と皇太子妃の旧姓が同一表記であったため、恋愛成就の象徴としての意味を持ったものとみられます。駅には碑などのいくつかの名残が残っています。

この駅の手前で長野県から静岡県になります。ホーム上には静岡県、長野県、愛知県の三県境を示す看板もあります。実際の県境はもう少し北への天竜川の上にあります。

この小和田駅は立派な木造の駅舎が残り、非常に雰囲気があります。
小和田駅は駅周辺にも集落があり車道も通じていたようですが、1956年に完成した佐久間ダムのより車道を含めた集落の一部は水没、現在駅周辺は完全に無人地帯となっています。

駅周辺には小さな道が続いており、ところどころに廃屋が残っていました。川沿いには道が続いていますがその先の高瀬橋というつり橋は崩落しているということもあり、途中で通行止めになっています。一応近くの集落まで徒歩で行くことができるそうですが、一時間程度の登山となるようです。

木々の隙間から天竜川と山々が眺められます。下流の佐久間ダムの建設によってこの周辺の集落は川底に沈んでいます。人工的な川の流れではありますが、大自然を感じます(小並感)。

小和田駅に戻ってきました。来た電車で次の目的地に向かいます。
このような秘境駅なのに”電車”が来ることが少し違和感であり面白いですね。

次に向かったのは向市場駅。そこからは飯田線でも有名な名所を見に行きます。
この向市場駅と次の城西駅の間には「第六水窪橋梁」、通称”渡らずの鉄橋”があります。
主に川を越える際に鉄橋を渡りますが、この鉄橋は一度川を渡った後にもう一度渡り、もとの東側へ戻るような形になっています。
これには深いわけがあり、開通当時には東側にトンネルを掘って開通する予定でしたが、トンネルが貫通した直後に台風が2つ直撃し、山崩れが発生してトンネルも崩壊してしまいました。また、この付近は中央構造線という活断層帯で脆い地盤であることもあり、トンネル部分を迂回するように橋梁を架けたという経緯でこうなりました。結果的に景観は非常にいい感じになっていますが、背景にはそのようなやむを得ない事情がありました。
参考→鉄道トリビア(368) 対岸に渡りそうで渡らず、元の岸に戻ってしまう鉄橋がある | マイナビニュース

渡らずの鉄橋を見た後は隣の城西駅まで歩き、また次の目的地に向かうために電車に乗り込みました。
こうして次に向かったのは中井侍駅。先ほどの小和田駅の隣の駅です。
この駅も某秘境駅ランキングで10位と高順位の駅です。

この駅の特徴は何といっても斜面にへばりつくように設置されていること、見ての通りホームの幅が黄色い線の内側と外側が同じぐらいの幅であるぐらいには狭く、目の前は天竜川を望めます。

この駅は先ほどの小和田駅のように車道で近くまでアクセスできないわけではありませんが、そもそも急斜面に設置されているため、非常に狭くつづら折りになっている車道を通らなくてはなりません。駅自体には2つ出口がありますが、どれも急な階段や坂道になっているため、すごい場所に駅があることがわかります。

中井侍駅を出発。豊橋方面へ向かい、豊橋からは東海道本線で西へ向かいます。
そこでまた寄り道。途中の大府駅からJR武豊線に乗ってみます。
武豊線は大府駅から武豊駅を結ぶ路線です。名古屋からの直通列車もありますが、他の地方の人からすると乗りに行こうとしないと乗れない路線なので、今回見どころをいくつか巡ってみます。
まず最初に来たのは途中駅の亀崎駅。
この亀崎駅は日本で最も古い駅舎を持つ駅といわれています。その駅舎は1886年の開業時から現在に至るまで形を残しているといわれます。
「といわれている」というのもこれには諸説あり、1895年に発生した火災で焼失後に再建されたという証言もあり、もしもそれが事実であれば1889年築のJR予讃線の善通寺駅が現役最古の駅になります。

さらに進んできたのは終点の武豊駅。武豊線は1886年に開業した愛知県で最初に建設された路線であり、当時は熱田~武豊間で開業しました。当時の武豊駅は後に貨物駅の武豊港駅となり、その後1965年に廃止となっています。

武豊駅の近くには名鉄河和線が並行しており、JR武豊駅と名鉄河和線の知多武豊駅が比較的近いですが、その隣の駅が少し珍しいのでご紹介します。
その名も「上ゲ」(あげ)駅。不思議な駅名です。
この駅名は駅の東側の字である「上ケ」からきており、由来は諸説あるそうです。ちなみにローマ字で書くとAGEになります。

ちょっとした珍スポットを巡ったのちは名古屋へ向かい、ご飯を適当に食べて銭湯に寄った後に宿となるネットカフェがある松阪へひたすら向かってこの日は終了しました。

飯田線はもっと魅力的な駅や地域が多いのでまた再訪したいです。
次回は紀伊半島周りで遠回りしながら徐々に西へ向かっていきます。次回へとつづく。お楽しみに!!
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