【最北端・宗谷本線編】冬の北海道の行きたいとこ行ってみた in 2014 Part4

冬の北海道の行きたいとこ行ってみた

今回の旅行は、北の大地北海道に向かいます。基本的に鉄道を使って、北海道を一周するイメージで行きたいところに行ってきました。今回の一番の目的は”流氷を見る”こと。

この旅行では割と有名どころを抑えている(作者基準)ので、何かの参考となれば幸いです。
ぜひご覧ください。

Part3に引き続き、旅行の行程を発信します。

Part4 旭川→稚内→札幌

四日目 旅程

旭川
↓宗谷本線 普通列車
稚内
↓宗谷バス
宗谷岬
↓宗谷バス
稚内
↓特急スーパー宗谷
札幌  ネットカフェ泊

ネットカフェから出た後、駅に向かっているときの気温はー8℃!関東ではありえない気温です。

試しにベタに濡れタオルを振り回してみたら、割としっかり凍りました!
朝早いとはいえ何人かの人に見られたので、しっかり不審者です。

↑関東在住の人間からすると感動です!

さて、さっそく宗谷本線の始発で移動を開始していきます。
宗谷本線は旭川駅から稚内駅を結ぶ路線で、全長は約259.4kmの長大ローカル線です。


この路線は新旭川にて石北本線と別れて北へ進路を取り、以降ほかの路線との接続がない盲腸線でもあります。以前は名寄にて名寄本線・深名線、美深にて美幸線、音威子府にて天北線、幌延駅にて羽幌線などほかにもいくつかの鉄道と接続していましたが、時代の流れで現在の形になっています。いつか廃止路線の跡地もめぐりたいと思っています。

↑旭川から稚内まで走破する列車はこの頃は未だ特急以外にも2本あった気がしますが、現在は早朝の1本だけです。

途中の主要駅の名寄に到着、この列車は途中での長時間停車も多いです。
この名寄駅も今は宗谷本線単独駅、私は特に朱鞠内など非常に寒い地域を通る深名線に乗ってみたかったです。

↑名寄駅は多くの列車が発着する主要駅、この駅まで快速なよろも運転される。

さらに進んで音威子府駅に到着。列車はここで長時間停車します。
ここ音威子府村は総人口が約600人弱(2025年時点)と北海道の中で最も人口の少ない自治体です。また、音威子府駅といえば、駅構内の音威子府そばが有名でした。残念ながら駅構内の店舗は閉店してしまい、作者も食べたことはありませんが、特徴的な黒いそばを食べられるお店はあるようなので、機会があればぜひ行ってみたいと思います。

しかし、この音威子府駅は以前まで浜頓別などを経由して南稚内へ至る天北線が分岐しているほか、現在も特急が停車する主要駅です。駅の中には天北線の資料館があります。

↑以前は稚内に行く過程に選択肢があり、行きと帰りで違う経路がとれたのはうらやましい。

音威子府を出発後も天塩川に沿ってひたすら無人地帯を進みます。
北海道の路線ほぼすべてに通じますが、この辺りも大きく駅が減ってしまいました、、、。

終点が近づき、豊富以降では車窓の雰囲気が変わり、深い森林から丘陵の開けた景色になります。
これが”最果て感”を醸し出していて素晴らしいです。また、旧抜海駅付近からは宗谷本線ではここだけのオーシャンビュー区間になり、天気がよければ利尻島が望めます。

南稚内駅が近づくと急に建物が現れます。この南稚内駅は稚内市の市街地にあるため、稚内駅の周りよりもチェーン店などの店舗が多いです。そのためこの辺りには「日本最北の〇〇」が多数出没します。

そして終着稚内駅に到着。ここはご存じ「日本最北端の駅」です!
これでJR線に関しては日本の東西南北端を制覇しました!

↑稚内駅は一面一線の小さな駅。駅の規模は南稚内駅のほうが大きい。

稚内駅の構内には最北の駅らしく、枕崎駅と同様に南との対比の看板が多く設置しています。
枕崎駅から3126.1kmと書いてあります、、、? 枕崎駅の看板には3140kmと書いてあったような気がしますが、どう向かうかは自由なので問題ないですね。

↑看板の色が枕崎は赤、稚内はライトグリーンと違いがあるようだ。

西大山にもあったようなものと同じの日本最北端の駅の碑。普通列車で来るとより感慨深いです。

↑改札口へ向かう自動ドアの真横にあります。

稚内駅は道の駅わっかないを併設しており、駅の中には映画館もあるため、非常に新しくきれいな駅舎です。

↑改札口の横には実際の最北端の車止めと「最北端の線路」看板があります。

駅の出入口の前方に車止めのモニュメントがあります。この日は何故か緑色のシートで覆われていました。

↑冬だから雪からの保護?何か工事?をしているのか立ち入り禁止のようになっていた。

稚内駅から少し北側に歩いたところにあるこの特徴体な建物は北防波堤ドームです。この建物は桟橋の保護などの目的で造られ、この建造物付近まで鉄道が来ていました。

↑今は横には道路と広場があるのみです。

最北の駅の経緯としては、まず最初に1922年現在の南稚内駅付近に「稚内駅」が開業し、翌年から南樺太の大泊町(現在のコルサコフ)へ連絡する「稚泊航路」が運航開始、その際に現在の稚内駅付近に待合所がありました。この時は現在の南稚内駅が最北で、駅から桟橋まで徒歩や荷車で移動していました。
その翌年に現在の稚内駅付近に「稚内港駅」が開業。その後1937年に航路への連絡を重要としたため、この防波堤ドームの中まで線路を延長し「稚内桟橋駅」が開業したため、当時は海の際まで線路が来ていました。
そして1945年に航路の運航停止と共に桟橋駅も実質駅に廃止になって以来、名前が稚内→南稚内、稚内港→稚内と変わり現在の形になっています。

次はバスに稚内駅前のバス停から乗り込み、かの有名な最北端へと向かいます。

稚内駅前を出発し、途中稚内空港などを通りながら岬へ向けて進みます。途中に「宗谷」というバス停がありますが、岬はもう少し先です。

↑お土産屋さんでは「最北端到達証明書」が発行できます。

そして到着しました。宗谷岬バス停。周りには土産店や飲食店などが立ち並んでいます。
北側を見るとありました、有名な「日本最北端の地」の碑です!
一般的にこれ以上北に立ち入ることは難しいです。実際の日本の最北端は択捉島のカモイワッカ岬という場所のようです。いつか行ってみたいものです。

↑記念撮影のために数人の列ができていました。動画とかでよく見たものです。
↑人が途切れたタイミングで碑の裏を見てみます。なかなかないアングルです。
↑碑の裏から見た海、このときの自分は日本の陸地上で最も北にいる日本人だという自負がありました。

宗谷岬灯台のある高台にのぼり、最北端の碑を眺めます。この海の向こうはロシア・樺太です。
昔は南樺太が日本領であった時代があり、日本にも陸続きの国境がありました。そう考えると今は海上の国境しかありません。

↑網走付近とは違い、小さな氷の塊が海岸線に集まっていました。

宗谷岬灯台の南を眺めると開けた丘陵が広がっています。もし時間があればひたすら歩いて稚内駅まで行ってみたいです。(約7時間かかります。)

↑様々なモニュメントや碑があります。時折キツネもみられます。

迎えに来てくれたバスに乗り込み稚内へ戻ってきました。
その後稚内駅から歩いて約15分、ヤムワッカナイ温泉「港の湯」でお風呂に入りました。素晴らしくゆっくりできました。

しばらく休憩した後に、稚内駅へ戻ります。ここから一気に札幌へ戻ります。

↑札幌からはるばる5時間ほどかけてきたキハ261系、再び札幌へ向かいます。宗谷本線の特急といえばこの顔です。
↑この頃はスーパーがつく特急が多かったです。現在は宗谷が一往復札幌まで行き、あとは旭川どまりになっています。

秘境路線の夜は真っ暗で何もわかりません。ここから一気に飛ばして5時間後、札幌に戻ってきました。もう22時台、横のホームには急行はまなすが止まっていました。

↑雪が付着しているのは北海道っぽい(2回目)です。

本日はここ札幌で終了、近くのネットカフェで夜を明かし、明日はこの旅行最終日、飛行機は使わずに陸路で東京へと戻ります。
次回へつづく。

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